【背景】妊娠中および産褥期の女性は静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクが高く、妊婦のVTE治療には胎盤通過性のないヘパリンCa等の未分画ヘパリンやエノキサパリン等の低分子ヘパリンが用いられる。しかし、ヘパリンはアレルギー反応を示す症例が少なからず存在する。妊娠中に発症したVTEの治療においてヘパリンCaに対するアレルギー及びエノキサパリンに対する薬疹を呈し、合成Xa阻害剤フォンダパリヌクスの自己注射による抗凝固療法へ切り替え、無事出産に至った1例を経験したため報告する。
【症例】妊娠時41歳、2回経妊1回経産の女性。前回妊娠時は経過に大きな問題なく、妊娠38週で正常児を自然分娩した。今回妊娠7週で右下肢に疼痛が出現した。症状は次第に増強し、歩行に支障を来した。Dダイマー11.0μg/mLと上昇が認められたため、近医産婦人科から当院に紹介受診した。深部静脈血栓症を疑い、当日にヘパリンNa 5000単位を静注し、翌日よりヘパリンCaの自己注射を開始した。抗凝固効果はAPTT比1.5~2.5倍を目標とした。下肢静脈エコー検査で右ひらめ静脈に血栓を認め、後日プロテインS活性低下(13%)が確認された。妊娠10週頃から大腿および下腹部の注射部位の痒み、また同部位や前胸部及び眼瞼の膨隆・発赤が出現した。妊娠11週時にヘパリンCa中止し、エノキサパリン自己注射に変更した。抗凝固効果はΧa活性の代替としてヘパリン濃度を指標とした。その後症状は一旦消失したが、妊娠22週頃から注射部位とは異なる下腹部に痒みが出現し、紅斑局面となり上腹部や背部に広がった。皮膚科診察にて薬疹を疑われるも妊娠性痒疹の可能性もあるため、薬剤は中止せずステロイドの外用及び内服で経過観察されたが、症状悪化し紅斑が全身へ広がったため、妊娠27週にエノキサパリンを中止した。フォンダパリヌクスの有益性および危険性を説明し、本人同意のもとで自己注射を開始した。薬剤変更直後より紅斑や痒みは速やかに改善した。その後も経過に大きな問題なく、妊娠37週3日に誘発分娩で2478gの児を出産した。フォンダパリヌクスは分娩前に一旦中止したが、分娩翌日より再開し、産褥2ヶ月まで継続し、血栓症の再発はなかった。
【結論】妊婦のVTE治療においてヘパリンが使用できない場合には、フォンダパリヌクスも治療の選択肢となり得ると考えられた。