【目的】抗精神病薬の使用には血栓塞栓症のリスクがあることが知られており、2010年以降、本邦の添付文書においても注意喚起されている。日本人は欧米人と比較して血栓塞栓症の発症率が低く、また静脈血栓塞栓症(VTE)の先天性危険因子である特定の遺伝子変異が見られない等の特徴があるが、本邦における抗精神病薬使用下の血栓塞栓症に関しては十分に解析されていない。本研究は、PMDAが公開している有害事象自発報告データベース(JADER)を用いて、日本人における抗精神病薬使用下の血栓塞栓症を解析し、重篤な転帰をたどる要因を明らかにすることを目的とした。
【方法】2004年4月から2020年7月までにJADERに登録された抗精神病薬使用下の血栓塞栓症の症例を抽出した。症例の抽出には「塞栓および血栓(SMQ)」を用いた。欠損および重複データを削除した後、 重篤でない転帰(回復と軽快)と重篤な転帰(後遺症あり、未回復、死亡)の2群に分類した。多変量ロジスティック回帰分析により、重篤な転帰をたどる要因を特定した。
【結果・考察】抗精神病薬を使用していた32,421症例から、1,111症例の血栓塞栓症を抽出し、903症例を解析対象とした。重篤でない転帰には489症例、重篤な転帰には414症例がそれぞれ分類された。動脈血栓塞栓症(ATE)は169例、VTEは414例、血管タイプ不明あるいは混合型の塞栓および血栓は320例であった。多変量ロジスティック回帰分析の結果、重篤な転帰をたどるリスク要因として、使用薬剤の中に3剤以上の抗精神病薬が含まれることが抽出された(調整オッズ比:2.04,95%CI:1.34-3.09)。本邦では診療報酬において、3剤以上の抗精神病薬の使用に制限があるが、同時併用に限らず、薬剤調整や変更を含め3剤以上の抗精神病薬を使用することで血栓塞栓症の重篤な転帰のリスクとなることが示唆された。一方、ホルモン療法を併用した患者は、重篤な転帰をたどるリスクが低かった(調整オッズ比:0.21,95%CI:0.09-0.49)。これはホルモン療法併用患者における血栓塞栓症の79%がVTEであったことや、ホルモン療法が血栓症のリスク要因であることが既に認識されているため早期発見に至った可能性が理由として考えられる。
【結論】ATEとVTEは病因や予後が異なるが、抗精神病薬使用時にはそれらの発症リスクを考慮し、さらに同時併用に限らず3剤以上の抗精神病薬を用いる場合は、重篤な血栓塞栓症の発症に注意が必要と考える。