【目的】造血幹細胞移植の前処置に使用されている抗悪性腫瘍薬ブスルファン(BU)は治療濃度域が狭く、特に小児においては体内動態の個人差が大きいため、東京医科歯科大学医学部附属病院(以下、当院)ではBUの少量投与(試験投与)を行い、血中薬物濃度を測定し患者個別の薬物動態パラメータを求めた上で、実際の治療(本投与)で用いる投与量を決定している。しかしながら、各患者の薬物動態パラメータ算出のため、試験投与および本投与で各6回採血を行っており、小児患者にとって負担が大きいのが現状である。効果・副作用の指標である血中濃度-時間曲線下面積(AUC)を少ない採血点で予測可能なlimited sampling strategy(LSS)の報告がこれまで多数あるが、いずれも血液腫瘍患者を対象としたもので、原発性免疫不全患者に対してのLSSの報告はない。既に当研究室では、原発性免疫不全症候群の小児患者に対するBUの母集団薬物動態(PPK)モデルを構築している。そこで本研究では、確立されたPPKモデルをもとにベイズ推定法を用いることで、より少ない採血回数でも従来法(6回採血法)と同程度の血中濃度予測を可能とする投与設計法を開発することを目的とした。
【方法】2017年4月以降に当院において造血幹細胞移植を実施した原発性免疫不全症候群の小児(15歳以下)を対象とし、診療録より試験投与および本投与におけるBU投与量、血中薬物濃度測定値、体重をそれぞれ抽出した。PPK解析は非線形混合効果モデルを使用し、ベイズ推定法を用いて患者個別の薬物動態パラメータを算出した。試験投与時の血中濃度から算出されたパラメータをもとに本投与時に期待されるAUCを推定し、実測AUCとの誤差を算出した。
【結果・考察】種々の採血点での検討を行った結果、血中濃度2点では2および6時間値、1点では6時間値で予測した場合に誤差率が最も小さくなった。またこれらの予測精度は、従来法と比較し有意な差は認められなかった。以上の結果から、当研究室で構築したPPKモデルを用いたベイズ推定法により、採血回数を1または2回に減らしても従来と同程度の血中濃度予測ができることが示唆された。今回開発した投与設計法により、採血に伴う患者および医療従事者の負担が軽減されることが期待される。