個別化医療とは、個々の患者の遺伝的背景や疾患の状態等を考慮し、最適な治療法や治療薬を選択する医療のことである。患者のゲノム情報や遺伝子発現情報等を、疾患の診断や医薬品の効果、副作用の予測に用いて、有効性の高い治療薬・治療法を提供することは、治療効果の向上だけでなく、医療費の削減に寄与し、画期的な新薬開発の成功確率を高める等、今後も期待度の高い分野の一つである。
がんに対する医薬品、特にいわゆる分子標的薬においては、特定の遺伝子の転座等に基づく特定のがん遺伝子産物の発現、特定の変異の存在がその効果に影響を与えることが明らかとなり、分子標的薬処方の判断については、薬剤の対象遺伝子変化を個々の患者の腫瘍組織検体等から検出するコンパニオン診断薬(CDx)が重要な役割を担っている。2003年のヒトゲノムプロジェクト完了後、次世代シークエンサー(NGS)等の遺伝子解析機器の技術革新が進み、結果の信頼性、解析コスト・時間ともに著しく改善され、臨床現場でも利用可能になった。個々のがん患者の主要な体細胞遺伝子変異のプロファイルを網羅的に解析する遺伝子パネル検査を利用し、患者に最適な分子標的薬を処方する、あるいは開発中の薬剤の治験に参加する等、更なる個別化医療へのアプローチが展開されつつある。
希少疾患領域については、疾患は多種多様であるものの、遺伝的要因に基づく疾患が多い。未診断疾患については、NGSにより全ゲノムや全エクソーム解析を行うことが可能となったことで、個々の患者の疾患の原因遺伝子の特定および診断の確定が進みつつある。原因遺伝子が明らかになることで、病態解明および核酸医薬、遺伝子治療あるいは細胞治療等の医薬品開発の進展も期待される。
本講演では、今後の更なる個別化医療の推進のため、個別化医療が最も進む癌や希少疾患以外の疾患領域の個別化医療の現状や進展について紹介する。対象疾患として、炎症性疾患の中で、特に抗体医薬品等の薬剤治療が進むリウマチおよび乾癬、疾患メカニズムの解明や治療薬開発が盛んに行われ、FDAが今年6月にアデュカヌマブを迅速承認したアルツハイマー病の3つの疾患を選択し、疾患メカニズム、診断法、薬剤・CDx、治療の満足度、治療コスト等の観点から各疾患の個別化医療に向けた課題を抽出し、今後の個別化医療推進に向けての解決策等について議論する予定である。