最近の医薬品開発では、Patient Centricityの考えに基づき、患者の声を取り入れる活動の重要性が、製薬企業と医療関係者、規制当局の間で共通認識となってきている。つまり医薬品開発のステークホルダーとして新たに患者が加わることになる。医薬品開発において患者の実体験に基づく意見や要望を取り入れることは、患者の立場に立った最適な臨床試験計画の立案に役立つだけでなく、患者が信頼して参加しやすい臨床試験の実現および医薬品開発に不可欠な臨床データの早期収集につながることを期待している。Patient Centricityに基づく医薬品開発活動の機運が高まりを見せる中、私の所属する製薬企業においても治験経験のある患者の講演や、患者の実体験や考えをお話しいただく対話セッションなど、患者の声を聴く取り組みを進めている。私は製薬企業にて20年以上に渡り医薬品開発の一端を担ってきた。治験におけるモニタリング活動では、多くの被験者のカルテを閲覧し、参加いただいた被験者に関する担当医師への問い合わせや症状の経過、有効性の手応えなどの話をする機会も多くあった。また、CRCからは、被験者の状態のみならず、被験者の治験に対する期待や、治験を継続する上での不便さ等を被験者自身の声を代弁するかたちで伝えていただくこともあった。臨床現場に一番近いところで仕事をしてきた経験から、ある程度、患者の考えや思いを理解できていると思っていた。そんな矢先、私自身が日常診療の過程で不意にがんの告知を受け、2度の手術を経験することになった。それまで思いを巡らせていた患者に対する想像が、容赦なく自身への現実として身に降りかかったことで、患者という当事者にならなければ思い至らいないことや、見えない風景があることに気づいた。また、患者が対峙しなければならないものが単純に病気だけではないことを目の当たりにし、患者を知ろうとする上で、考える視野が狭かったことを認識した。本シンポジウムでは、私の実体験を一例として、突然がんと告知された後の心情や、病気や治療に対する考え方の変化について共有し、患者の意見や要望を理解する際の一助としていただければと考えている。また、治験に携わる者として、治験に関心を寄せる患者に対して製薬企業ができることや今後の展望についても話し合いたい。