アルツハイマー病(AD)の脳病理変化を構成するアミロイドβ(Aβ)、タウなどの病因タンパク質の病因的意義が解明された結果、これらを標的とする疾患修飾療法(disease-modifying therapies: DMT)の臨床開発が今世紀に入り進み始めた。DMTが治療効果を発揮するためには、病理学的変化が進行して認知症症状が完成する以前の、認知機能障害が軽度な時期を対象とすることが必要となる。そこで、画像・バイオマーカーなどの客観的評価法を駆使して、軽度認知障害(MCI)期など早期段階でのDMT治験を実現することを目標に、大規模臨床観察研究AD Neuroimaging Initiative (ADNI)が米国で開始された。日本でも北米ADNIと高い互換性のある形でJ-ADNIを実施し、MCIを中心に537例が追跡された。J-ADNIの完遂によりアミロイドPETなどの評価体制が確立され、アミロイド陽性MCI (プロドローマルAD)における認知機能変化の日米での高い類似性など、数々の重要な知見が得られた。こうして本邦におけるDMT治験の基盤が確立され、2021年にはプロドローマルADを包含する早期ADを対象に、日本を含む世界各国で抗Aβ抗体医薬の1つであるaducanumabのグローバル治験が行われ、米国ではじめて迅速承認を取得するに至った。今後のDMT治験はさらに早期段階の無症候期(プレクリニカルAD)を対象として、現在終盤を迎えたA4試験、まさに開始されたAHEAD試験などの官民パートナーシップ型治験を先駆けに、大きく展開しようとしている。DMT治験の成功にはADNIのような観察研究を通じたさらに高性能なバイオマーカーの開発が鍵となるが、治験の本格化とともに適格な被験者の競合も生じ始め、効率的な参加者リクルートの方策が最大の課題となっている。これを解決するため、治験参加適格者からなる「トライアル・レディ・コホート (trial ready cohort; TRC)」の構築が世界で進められ、本邦でもJ-TRC研究が開始された。インターネットを介して認知機能検査等を行うJ-TRCウェブスタディで広く募集された参加者の一部がJ-TRCオンサイト研究に招聘され、認知機能検査、アミロイドPET、血漿バイオマーカー評価などが行われ、順調に進行中である。本講演ではADの分子病態研究に端を発したDMT開発の流れを概観しつつ、認知症治療の将来像について考察を試みたい。