ポリファーマシーは、「poly」+「pharmacy」からなる造語で、文字通り「多剤併用」と訳され、高齢者の医療問題としてマスコミなどにも取り上げられるようになりました。一方、polypharmacyの上流にはMultimorbidity が存在することが分かっており、polypharmacyの問題はMultimorbidityの議論へと発展しつつあります。 Multimorbidity とは、「1人の患者に2つ以上の健康状態が長期にわたり併存し、診療の中心となる疾患が設定し難い状態」のことを言いますが、その定義は未だ明確ではありません。重要な点は、複数の疾患が独立した単純な足し算として存在するのではなく、他の疾患と密接に関連し複雑に絡み合いながら様々な問題を引き起こすことです。国内の医療系学会はこれまで、臓器別あるいは疾患別にどのような治療がふさわしいか、科学的根拠に基づくガイドラインの整備を行ってきました。しかしながら、多くの疾患を抱えるこのような高齢者の複雑性に対しては、疾患ごとに現行のガイドラインに従って薬物介入を行えばあっという間にポリファーマシーになってしまう、あるいは、ある臓器に対する有益な治療が別の臓器に対しては有害な治療になってしまうなど、治療方針の決定は容易ではありません。転倒を繰り返す心房細動患者の抗凝固薬の是非、気管支喘息と慢性心不全を合併する患者のβ遮断薬の是非、慢性腎臓病と膝関節症を合併する患者のNSAIDsの是非など、数えればきりがないように思えます。 このような高齢者に対してどのような対応をするべきか、現在のところ明確な回答はなく、多くの臨床家が純粋な単一疾患モデルの治療には合致しない大多数の患者の治療方針に「最良のエビデンス」を活かすことができないジレンマを感じています。本講演では、複雑な高齢者の薬物治療への対応について、老年内科医の立場から考えます。