陽子線治療は、水素の原子核(陽子)を光速近くまで加速させた陽子線を、体外から患部に照射する放射線治療の一つです。陽子線にはブラッグピークと呼ばれる物理学的な特徴があり、加速エネルギーに応じて体内のある一定の深さでピークを形成したのち停止します。ビーム軸方向でブラッグピークを超えた領域への被曝は皆無であり、皮膚面からブラッグピークが立ち上がるまでの領域においても、腫瘍線量より低い線量に抑えることができます。これは従来のエックス線,ガンマ線,電子線にはない物理学的特徴です。また、陽子線はX線(低LET放射線)より単位長さあたりに与える平均エネルギーが高く(中LET放射線)、相対的生物学的効果比(RBE)は1.1と見積もられており、いわゆる放射線抵抗性腫瘍にも効果が期待できます。 これら陽子線の持つ物理学あるいは生物学的特徴を利用することで、固形癌に対して周囲の正常組織への障害を極力抑えた治療ができます。現在、我が国では小児腫瘍、口腔・咽頭の扁平上皮癌を除く頭頸部癌、前立腺癌、骨軟部腫瘍に対しては保険診療で、その他の疾患(脳、肺、口腔・咽頭の扁平上皮癌、縦隔、食道、肝胆膵、腎膀胱腫瘍、肺・肝・リンパ節オリゴ転移など)は先進医療で陽子線治療が行われています。 南東北がん陽子線治療センターは2008年10月に開設され、13年近く経過した2021年8月時点で6082名に治療しました。内訳は頭頸部癌25%、前立腺癌15%、肺癌15%、肝胆管癌12%、食道癌10%、膵癌6%、骨軟部腫瘍3%などであり、最近は前立腺癌、骨軟部腫瘍、膵癌が増加しています。福島県民が37%で最も多いですが、多くは県外からの患者さんであり、日本全域、海外からも来院されています。 当センターの目標は、I-II期の限局癌に対しては切らずに治す癌治療を、また、切れないIII期局所進行癌や術後・放射線治療後の再発癌に対しても完治を目指した癌治療を提供することです。そのため腹部・骨盤領域の消化管に隣接した癌に対しては、事前に外科でスペーサー留置術を行った後に安全確実な陽子線治療を行っています。また頭頸部や膀胱癌などの局所進行がんに対しては、動注療法を併用した陽子線治療を行うことで根治性を高めています。早期癌から進行癌、再発癌まで適応を広く取り、世界に発信できる陽子線治療を行おうと考えています。