ナルコレプシーは居眠りの反復と、情動脱力発作を中核症状とする睡眠障害である。典型例をナルコレプシータイプ1(NT1)と呼ぶ。覚醒性オレキシン神経細胞の消失と、脳脊髄液(CSF)中のオレキシンA濃度の異常低値がナルコレプシーの病態基盤とされる。ナルコレプシーの症状は視床下部のflip-flopモデルでよく説明できる。これは視床下部の視索前野に局在する睡眠中枢と、モノアミン系の覚醒神経系諸核が相互に抑制性入力を行うことに基づき、睡眠と覚醒はいずれか一方の状態で安定し中間的状態は不安定であることを説明する。オレキシン神経は睡眠覚醒切替スイッチを覚醒側に押す役割をもつが、オレキシン神経入力がなくなると、1.覚醒維持が困難となり頻回の居眠りが生じること、2.覚醒とレム睡眠の中間的ねぼけ状態が遷延することで「レム睡眠乖離症状」とよばれる情動脱力発作や睡眠麻痺・入眠時幻覚が生じること、が説明できる。
ナルコレプシーの病態へのヒスタミン神経の関与は議論がある。CSF中のヒスタミン濃度がナルコレプシーで低下するとの報告(Nishino et al, Kanbayashi et al Sleep 2009:HPLC解析)と不変とする報告(Dauvilliers Sleep2012:質量分析)がある。我々はCSFを用いたmetabolome解析を行い、NT1でヒスチジンが増加すること、HPLC法でヒスチジン増加とヒスタミン低下を確認した(Shimada Sleep 2020)。またナルコレプシー死後脳における結節乳頭核(TMN)ヒスタミン神経細胞数が倍増すること(John et al, Valko et al Ann Neurol 2013)も判明している。一方、オレキシン欠損ナルコレプシーモデルマウスではTMN神経数の代償性の増加報告(Valko AnnNeurol 2013)と、不変との報告(Melzi BrainPatho 2022)がある。ナルコレプシーでヒスタミン神経数が増加する理由は不明であるが、何らかの理由でHDC機能不全が生じ、ヒスタミン生合成が障害されると考えるのが妥当だろう。
ナルコレプシー治療薬としてヒスタミンH3逆作動薬ピトリサントがEUと米国で承認された。H3受容体はシナプス前膜に存在し、恒常的活性によりヒスタミンの合成・遊離を抑制している。ピトリサントはH3受容体阻害により、ヒスタミンとその他の神経伝達物質遊離を高め多彩な作用をもたらす。ピトリサントは他の中枢刺激薬と同等の効果と高い安全性を示し、EU、米国の治療ガイドラインにも記述されている。本邦でも治験が開始され今後が期待される。