ヒスタミンH3受容体は前シナプスに発現する神経受容体で、ヒスタミンや他の神経伝達物質の放出を調整している。この受容体は睡眠障害や認知機能低下を伴う精神・神経疾患の創薬ターゲットとして考えられている。まず、我々は、大正製薬とともに、ヒスタミンH3受容体を標的とし、高い親和性と選択性を有する新たなPETリガンド[11C]TASP457を開発した。このリガンドは実験動物およびヒトにおいて良好な薬物動態と安全性を示し、ヒト脳のヒスタミンH3受容体密度を安定して定量できることが明らかになった。次に、このPETリガンドを用いて、ナルコレプシーの治療薬として大正製薬が開発していたヒスタミンH3受容体阻害・逆作動薬であるenerisantの受容体占有率とその経時的変化を評価した。その結果、健常ボランティアにおいて、内服後2時間の脳内[11C]TASP457分布容積はenerisantの経口用量依存的に低下を認め、受容体占有率は血漿中enerisant濃度とヒルの式で表すことができた。さらに、経時的な占有率の評価では、12.5 mgや25 mgの用量では投与26時間後でも85%以上の高い占有率であったのに対し、5 mgでは70%と低下しており、この用量では夜間不眠の副作用をきたさずに治療できる可能性が示唆された。最後に、我々は、このPETリガンドを用いて、前頭葉における作業記憶に伴う神経活動とヒスタミンH3受容体密度の関係を、健常ボランティアにおいて評価した。その結果、右背外側前頭前野において、ヒスタミンH3受容体密度が低いほど、作業記憶に伴う神経活動が活発であることが明らかになった。このことは、ヒスタミンH3受容体が作業記憶に重要な役割を果たしており、認知機能低下を伴う精神・神経疾患の創薬ターゲットとしての可能性を支持するものである。我々の開発したPETリガンド[11C]TASP457は、ヒスタミンH3受容体を標的とした病態生理研究や創薬に有用なツールと考えられる。