高齢化に伴う、がん患者の増加とそのサバイバーへの対応は緊緊の課題と思われる。高齢者では他の年齢層と比較して、東洋医学的に言われているところの「腎虚」の病態が特徴的な所見となる。腎虚とは臓器組織器官を働かせるエネルギーが減弱した状態であり、「老化」にも近い概念とも言える。その腎虚、特に腎陽虚(腎虚に冷えを伴うもの)に用いられる代表的生薬が、附子(Aconitum japonicum)である。附子は方剤では八味地黄丸、真武湯などに含まれ腎虚に病態に用いられる。
また担がん患者では、生理機能が減弱していることが多いが、漢方薬の役割としては3つの機能が期待される。食欲の低下など衰弱していく宿主のに対する身体のサポート、次いで身体機能を維持することで免疫力を高めること、そして生薬などによってがん細胞を制御することである。
担がん患者では種々の理由で、腎虚の状態に陥ることが多く、さらには附子のアコニチン作用で疼痛にも寄与できるため用いられる場面が多い。そのような背景で、胸水を伴う卵巣がん肺転移症例を経験した。
この症例の癌性の胸水の緩和に附子を含有する方剤である真武湯エキス剤を用いた。胸水は速やかに消失したが腫瘍マーカーが急速に増加した。そのため組成の類似しているところの苓桂朮甘湯エキス剤に変更したところ、腫瘍マーカーは増加することはなくなり胸水も再び貯留することなく3年が経過した。文献検索では附子のがん細胞に対する増殖の惹起については言及しているものは渉猟ができなかった。しかしながら腎虚といういわば老化した個体を奮い立たせる効果を、がん細胞が享受してしまうような仮説が成立するのであれば否定しておきたいと考える。
漢方薬では、がん細胞が体内にあることを拒否するのではなく、がん細胞が増殖して栄養分を独占して正常な細胞を衰退させることを目的とする。それは抗がん剤や手術などでがんと徹底的に戦うことではなく、高齢者が自然な形で老いを受け入れていくことと方針としては相反するものではないと思われる。