アルツハイマー病では、脳にAβが沈着することで、記憶を担う神経回路網が破綻し、記憶障害が引き起こされる。我々は、神経回路を修復する活性を和漢薬から見出しそれをアルツハイマー病の新しい治療薬として開発することを目指し研究してきた。
山薬(ヤマノイモDioscorea japonicaまたはナガイモD. batatasの根茎)の成分として知られるdiosgeninが、培養神経細胞においてAβで萎縮した軸索を再伸長させることを見出した。またADモデルマウス(5XFAD)に投与すると記憶障害が回復し変性軸索が減少することと、diosgeninの受容体様タンパク質として1,25D3-MARRSを同定した。マウスの海馬から前頭前野に投射する軸索をトレーサーにより可視化したところ、5XFADマウスでは野生型マウスに比べ投射が減少しているが、diosgenin投与によって再び投射数が増加することが示された。Diosgenin投与により軸索が再伸長した神経細胞をレーザーマイクロダイセクションで採取し、変化遺伝子をDNAマイクロアレイで網羅的に比較した。発現量変化が最も大きかった因子を5XFADマウスの海馬神経細胞に過剰発現させると、物体認知記憶障害、空間認知記憶障害が改善し、軸索の再伸長も促進された。
ヒトでのdiosgeninの有効性を検証するためには、化合物よりも山薬エキスでの臨床研究が現実的であるため、diosgenin高濃度山薬エキスを用いた臨床研究を実施した。20-81歳の健常人28名を被験者としランダム化二重盲検クロスオーバー試験を行った。認知機能はRepeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Status (RBANS)試験により行った。Diosgenin高濃度山薬エキス服用群では、プラセボ群と比較して有意にRBANS総得点が向上し、有害事象は認められなかった。
 以上、diosgeninを投与すると、記憶に関わる神経回路において、ターゲットに向かって軸索が再伸長することが明らかになり、それに関わる分子を同定した。さらにdiosgeninには健常人の認知機能向上作用があることも明らかにした。これらの成果に基づき、現在はアルツハイマー病患者での臨床研究を実施している。