はじめに、ファーマコキネティクス(pharmacokinetics:PK-薬物動態学)、ファーマコダイナミクス(pharmacodynamics:PD-薬動力学)の関係性について整理したい。薬物速度論モデルは、生化学的および生理学的な患者の情報(投与量、薬物血中濃度、年齢、性別および血液検査値等)を定量的に組み込み、薬物の吸収、代謝、分布および排泄を予測・説明するものである。生体内における薬物の動態を表現するために、主要な組織をコンパートメントに分け、コンパートメント間を薬剤が移行するモデルが基礎となる。生体内の生理学的および薬理学的な現象を表現するために、常微分方程式を用いて、PK、PDおよび病気の進行度を定量的に評価する概念である。  近年、データに対しパターンを学習させ、未知のデータを予測分析する機械学習が注目されている。また、ニューラルネットワーク (ANN) および深層学習 (DL) を患者の薬物治療に応用することで、これまでは発見できなかったデータの特徴を見つけ出し、薬物血中濃度および治療効果(効果・副作用)の予測精度を向上させることが可能であると期待される。一方で、機械学習モデルを患者に対する薬物治療に応用する上で二つの大きな欠点を抱えている。一つ目は、入力から出力までの過程がブラックボックス化されてしまうため、モデルの生命科学的な解釈可能性が著しく低下してしまうことである。医学・薬学的に妥当なモデルとなっているかの判断が難しく、実際の医薬品開発や医療現場で活用するには問題がある。二つ目は、時系列データの取り扱いが難しいことである。疾患の治療では、ある医療行為を行ったあと瞬時に「効果ある/副作用が発現する」ことはほとんどなく、通常は治療行為の判定には時間を要する。このように薬物治療では、経時的な薬の動きから治療効果を予測することが重要である。ANNおよびDLで時系列データを取り扱う技術も存在するが、モデルはより複雑になり、医療現場での解釈可能性はさらに低下してしまう。  本講演では、現在急速に拡大している数理情報空間に目を向け、計算機科学、人工知能、臨床薬物動態解析を折衷・調和させた研究成果を概説し、個別化投与設計に資する内容としたい。 【本講演で紹介する研究の一部は、薬物血中濃度予測装置、薬物血中濃度予測プログラム及び薬物血中濃度予測方法特願2020-030858として申請中である。】