【目的】急性胃腸炎感染後に過敏性腸症候群(IBS)を発症しやすいことが明らかにされ「感染後IBS(post−infectious IBS:PI−IBS)」と名付けられたが、病態生理のメカニズムは未解明のままである。一方、潰瘍性大腸炎の寛解期におけるIBS様症状が頻発することも報告されている。これらの疾患に共通する病因のひとつとして、結腸粘膜組織における微細炎症の存在が想定される。本検討ではデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)誘起下部消化管粘膜炎症が治癒した際のIBS症状マウスモデル(post-inflammatory IBS:炎症後IBS)を確立し、このモデルの結腸組織における病態生理を検討したので報告する。 【方法】炎症性腸疾患は、C57BL/6J 雄性マウスにDSSを3日間自由飲水させて飼育することで惹起した。その後、自由飲水の溶液を水道水に切り替え(day 0)、最長14日間自然治癒させた。実験動物の内臓痛様行動計測は精製水、冷感物質WS-12を直腸内投与して計測した。炎症後病態モデル動物から結腸を摘出・凍結切片を作製し、TRPV1チャネルおよびカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)および免疫細胞の局在について免疫組織化学的手法を用いて検討した。 【結果】炎症後IBSモデル動物の下部消化管の長さはday 4で短縮、体重変化においてはday 2において有意に減少した。そのマウスをday 14まで飼育すると腸管の長さ、体重および組織学的損傷はともに回復し正常群とほぼ同等であった。一方、内臓痛様行動はday 4で痛覚過敏が観察され、その後もday 14でも痛覚過敏は持続していた。免疫組織化学的検討では、TRPV1発現神経線維はday 0からday 14にかけ経日的に増加し、day 14ではCGRP発現神経線維と肥満細胞トリプターゼが近接している像が観察された。 【考察】本法によって下部消化管に器質的損傷は認められないが、痛覚過敏症状がみられる炎症後IBSモデル動物を確立した。Day 14ではTRPV1発現神経線維の増加がみられ、それに近接して肥満細胞が観察された。したがって、結腸粘膜TRPV1発現神経からCGRPの放出により肥満細胞が脱顆粒し、そのメディエーターが一次知覚神経を刺激することで内臓知覚過敏が惹起されたと推察した。