第57回神奈川歯科大学学会総会

特別講演

ライブ配信
11月26日(土)10:00~11:00

座長:木本克彦


東京医科大学医学総合研究所 教授 杉本昌弘

唾液は体の鏡であるといわれ、口腔内だけでなく全身の様々な健康状態を反映することは古くから知られてきた。例えば、唾液分泌量や唾液中のホルモン類などが唾液腺の機能・ストレス・免疫などと関連する指標として用いられてきた。近年COVID-19の検査などで唾液検査が身近なものとなったが、唾液の非侵襲に採取できるというメリットを活かして新たな検査が開発できないか、様々な取り組みがある。我々は代謝物を一斉に分析するメタボローム解析技術を用いて唾液中の代謝物を同定・定量し、これらの分子プロファイル(分子の濃度パターン)と生体の様々な状態との関係性を調べてきた。様々な生活習慣との相関だけでなく、長期的な咀嚼による唾液中代謝プロファイルの変化もみられる[1,2]。特にがんではアデノーマの時点でMYC遺伝子の影響で様々な中心代謝の異常がみられ[3]、口腔癌患者から採取した唾液中の代謝物でも様々な変化が報告されている[4]。我々自身も手術時に採取した口腔癌組織で起きている異常な値を示す代謝物を確認し、唾液中でも同様の変化を確認することができた[5,6]。特にポリアミン類の変化が大きく、乳がん、大腸がん、すい臓がんでも唾液中でこれらの物質が高濃度になる[7,8,9]。複数物質のパターンの変化を人工知能(機械学習)にて学習させ、高精度な識別精度を達成している[7,8]。一方、検査の実用化に向けては、検体採取からデータ解析までSOPを確立する必要がある。臨床研究では厳密なプロトコルを設定できるが汎用性を考慮してどこまで基準を変更しても許容できる再現性があるかを検討する必要がある。そこで、刺激性と非刺激性唾液の違いと日間差や日内変動の影響[10]、唾液の保存や測定方法の標準化[11,12]、採取前の食事条件の標準化[13]、測定の低コスト・高速化[14]、長期的な測定の品質制御[15]も合わせて実施してきた。実際に一部は慶應発のベンチャー企業での検査も実施している。本講演では、疾患部で起きている代謝異常をより侵襲性の低い検体で検出するリキッドバイオプシー開発の研究を紹介する。特に唾液によるがん検査の実例を中心として、実用化に向けた取り組みや現状を紹介する。

  1. Metabolomics, 9, 454-463 2013
  2. Metabolites 12(7) 660 2022
  3. PNAS, 114(37) E7697-E7706 2017
  4. Metabolites 12(5) 436 2022
  5. Scientific Reports 6 31520 2016
  6. Frontiers in Oncology 11 789248 2022
  7. Breast Cancer Research and Treatment 177(3) 591-601 2019
  8. Cancer Science 113(9) 3243 2022
  9. Cancers 10(2) 43 2018
  10. Clinica Chimica Acta 489 41-48 2019
  11. Scientific Reports 8(1) 12075 2018
  12. Bio-protocol 10(20) e3797 2020
  13. Amino Acids 49(4) 761-770 2017
  14. Journal of Chromatography A 1652 462355-462355 2021
  15. Journal of Clinical Medicine 10(9) 1826 2021