第56回神奈川歯科大学総会

特別講演


大阪大学大学院歯学研究科 予防歯科学 教授 天野 敦雄


令和のカリオロジー&ペリオドントロジー
―病気の予防・治療は病因の除去―


削って詰めたからう蝕は治った。歯周ポケットが3ミリになったから歯周病は治った。そうでしょうか?むし歯菌も歯周病菌も口腔常在菌です。常在菌を追い出すことはできません。だからう蝕と歯周病に完治はありません。しかし、この2つの病気の予防と治療は可能です。それは病因の除去です。何を除去したらいいのでしょう。最新の病因論をお話しします。
● 21世紀のキーワード・microbial shift:バイオフィルムの病原性が高くなるのは常在菌のmicrobial shiftが原因です。microbial shiftとは、バイオフィルムを取り巻く 栄養、温度、pH、嫌気度などの環境変化によって悪玉菌達が活性化し増殖し、バイオフィルムが高病原化する現象のことです。バイオフィルム全体が低病原性から高病原性にシフトします。そして、バイオフィルムと歯・歯周組織の間の均衡が崩れ、う蝕や歯周病が発症します。
● う蝕の原因菌:ミュータンスレンサ球菌以外の酸産生菌も、う蝕発症に関わっています。 これらの悪玉菌は砂糖だけじゃなく、他の発酵性糖質(グルコース、果糖、フルクトース、水や熱を加え調理したデンプンなど)を摂取して、酸を出します。彼らは不溶性グルカンは作りませんが、歯面や不良マージンに付着したバイオフィルムの中から酸を出します。一方、常在レンサ球菌の中にはアンモニアを出して酸を中和する善玉菌がいます。
● う蝕の発生:う蝕という疾患は「脱灰と石灰化のバランスが偏っている状態で有り、う蝕=う窩ではない」という考えが浸透しました。脱灰因子と防御因子(脱灰を防ぎ石灰化を促進)の間のバランス崩壊が、う蝕の発生原因です。食事の度に発酵性糖質が口腔内に入り、悪玉菌が増殖し酸を産生し、酸性が苦手な善玉菌は減ります。これがう蝕のmicrobial shiftです。
● う蝕の治療:発酵性糖質を除去しmicrobial shiftを元に戻して、脱灰因子を減らし防御因子を増やすことです。同時に、microbial shiftを起こしたバイオフィルムも除去しなければなりません。この理屈が判ると、食後30分してからの歯磨きは誤りであることが判ります。
● 歯周病の原因菌:レッドコンプレックスと呼ばれる3菌種を中心として、様々な細菌種の協働作業によるmicrobial shiftが歯周病発症の原因です。
● 歯周病の発症:磨き残された古いバイオフィルムの中でmicrobial shiftが始まります。やがて歯周ポケットの内面に潰瘍(上皮が脱落した状態)が形成され出血が始まると、歯周病菌は血液中の鉄分とタンパク質を摂取し活性化し増殖します(鉄分とタンパク質は歯周病菌の必須栄養素)。その結果、バイオフィルムの病原性は大幅に高まり、歯周病が本格的に進行していきます。
● 歯周病の治療:歯周病発症の原因除去は細菌に供給される栄養を絶つことです。歯周基本治療によりポケット内の潰瘍面が修復し出血が止まると、バイオフィルムの病原性は大幅に低下しmicrobial shiftは元に戻ります。






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